鯖街道とは?

鯖街道は現在の福井県小浜市から京都市左京区出町柳までの区間。

鯖街道
鯖街道(さばかいどう)とは、嶺南地方で獲れた魚介類を京都に運ぶために整備された街道の歴史的名称。その魚介類の中でも、特に鯖が多かったため、「鯖街道」と言われるようになった。現在の福井県小浜市から京都市左京区出町柳までの区間を指し、国道27号(小浜市?若狭町上中)、国道303号(若狭町上中?高島市保坂)、国道367号(高島市朽木?京都市左京区)にあたる(往時の鯖街道は現在の国道367号ではなく、大見尾根を経由する山道であった)。なお、広義では若狭地方から京都へ海産物を運んだ街道全てを鯖街道と呼ぶ。若狭湾で取れた鯖に塩をまぶし、夜も寝ないで京都まで運ぶと、ちょうど良い味になっていたと言われ、京の一般庶民にまで喜ばれ、その到着を待ち望まれたために、これを運ぶ道にいつしか鯖街道の名が付けられた。運ぶ人達は「京は遠ても十八里」と唄いながら寝ずに歩き通した。現在も国道367号沿線には、鯖寿司を生業とした店が多数存在する。また、小浜市から京都市(左京区出町柳)までを当時のルートで走り通す「鯖街道マウンテンマラソン」(距離:76km)が毎年開催されている。ルートの大半が未舗装路であり、高低差も大きいことから、別名「ウルトラ山岳マラソン鯖街道マラニック(マラソン+ピクニック)」とも呼ばれる。
鯖街道の歴史
板屋一助が1767年に著した『稚狭考』によると、本来は能登沖の鯖が有名で、それがとれなくなり、若狭の鯖が有名になったということのようです。それらを運んだ鯖街道は1本だけでなく、5本ほどあったようです。その中でもっとも盛んに利用されたのが、小浜から熊川宿を通り滋賀県朽木村を通って、大原から鯖街道の終点といわれる出町に至る若狭街道です。この道では大きな荷物を馬借という馬による輸送を行っていたようです。さらには、小浜から北川の水路を使い馬で峠を越え九里半街道から今津に出て、琵琶湖を使って京へ運んだ水路もあったようです。また、京への最短距離をとる峠道として、「針畑越え」があり、この道は鞍馬経由で京都出町に至っています。また、堀越峠を越えて京都高尾へつながる「周山街道」や、美浜町(現在若狭町)新座から滋賀県マキノ町へ抜ける「栗柄越え」や、遠く兵庫県の篠山までもつながっていたといわれます。これらの鯖街道のルーツは、奈良、飛鳥時代に若狭の国が「御食国」と呼ばれ、朝廷に税として塩や塩漬けした魚介類を納めていた頃に遡ります。 かつてこの若狭は「裏日本」ではなく、大陸文化を受け入れる表玄関となっていたところです。良好なリアス式海岸を持つ若狭湾は絶好の漁場であり、それらの魚は塩漬けにされ、朝廷に貢いでいたことは、平城京跡から多数の木簡が出土されていることで証明されています。若狭の海の幸は奈良の高官の口を楽しませ、やがて京へ都が移ってからも、京の都の人々に「若狭もの」と称され、「若狭かれい」「若狭ぐじ」と今も京料理には欠かせないものとなっているようです。